「アゝうれし」死にゝ行く身を喜び
くりくり目もくるめき苦しむ息も
柄も折れよ刃も砕けとゑぐり。
あはれ
此の世の名残。
夜も名残。
死にゝ行く身を譬ふれば。
あだしが原の道の霜。
一足づゝに消えて行く。
夢の夢こそあはれなれ。
あれ数ふれば暁の。
七つの時が六つなりて残る一つが今生の。
鐘の響聞納め。
寂滅為楽と響くなり。
鐘斗かは。
草も木も。
空も名残と見上ぐれば。
雲心なき水の音。
北斗は冴えて影映る星の妹背の天の川。
梅田の橋を鵲の橋と契りていつまでも。
われとそなたは女夫星。
必ず添うと縋り寄り。
二人が中に降る涙川の三嵩も增さるべし。
向ふの二階は。
何屋とも。
おほつかなさけ最中にて。
まだ寝ぬ火影声高く。
今年の心中よしあしの。
言の葉草や。
茂るらん。
聞くに心もくれはどりあやなや昨日今日までも余所に言ひしが明日よりはわれも噂の数に入り。
世に歌はれん歌はヾ歌へ歌ふを聞けば。
「アゝうれし」死にゝ行く身を喜び
くりくり目もくるめき苦しむ息も
柄も折れよ刃も砕けとゑぐり。
あはれ、疑ひなき恋の手本。
歌も多きにあの歌を。
時こそあはれ今宵しも。
歌うは誰そや聞くはわれ。
過ぎしに人もわれわれも。
一つ思ひと縋りつき声も惜しまず泣きいたり。
いつはさもあれ此の夜半は。
せめてしばしば長からで心も夏の夜の習ひ命を追はゆる鳥の声。
明けなばうしや天神の。
森で死なんと手を引きて梅田堤の小夜鳥明日はわが身を。
餌食ぞや。
誠に今年はこな様も二十五歳の厄の年。
わしも十九の厄年とて。
思ひ合ふたる厄祟り縁の深さの印かや。
神や仏に掛置きし。
現世の願を今こゝで。
未来を回向し後の世もなをしも一つ蓮そやと爪繰る数珠の百八に涙の玉の。
数添いて尽きせぬ哀れ尽きる道。
心も空も影暗く風しんしんたる曾根崎の森にぞ辿り着きにける。
かしこにかこゝにかと払へど草に散る露の我より先にまづ消えて。
「アゝうれし」死にゝ行く身を喜び
くりくり目もくるめき苦しむ息も
柄も折れよ刃も砕けとゑぐり。
あはれ、疑ひなき恋の手本。